2010年12月23日木曜日

Underwater Map

2年前くらいに知人に言われたのがきっかけで、
Webで水中マップを作ってみたいとずっと思っているのですが、
なかなか・・・

やりたいこととしては
水中で見た生物の情報を地図にWebで入力できるようにするということ。

例えばオオモンカエルアンコウが
ブリマチの水深30mのザラカイメンにいた場合、
水中マップの特定の場所を指すと、

オオモンカエルアンコウ
色:黄色
サイズ:10cm
特徴:ザラカイメンの下に隠れてる
水深:30m

というのがオオモンカエルアンコウの写真付きで出てくる。
しかも、誰でも気軽に簡単に情報(色、サイズ、特徴、水深、写真etc)を
入力できる。ここかなり重要。
これがなかったら、紙に手で書いて自分で地図を作る方がよっぽど早い。
水中マップを作りたいというよりは
誰でも気軽に簡単に水中マップに情報を書けるようなインフラを
整えたいというイメージが強い。

現実問題としてはネタ情報がWebでばらまかれると
特に現地のダイビングショップさんに大迷惑だと思うので、
閲覧できる人に制限をかけて、ひっそり内輪でやりたいなあと。
(金儲けする気は毛頭ない)
あと、普段自分が使っている技術とWebがかけ離れているということ。
最近アセンブラいじったりとかオシロスコープの波形を見たりとか
Webとは相当遠いところにいる気がする。
Web関係って学生の頃にHtmlをちょっといじったくらいで、
あとはさっぱり。

とりあえず、少なくとも地図アプリを作るために
Web用のプログラミング言語を勉強しなきゃいけないのと
サーバとかの知識を身につけなきゃいけないので、
足が遠のいてる現状。

特に急いでるわけでもなく、
完全にお遊びなので、
数年間のうちにできればいいなあくらいに思ってます。
誰か地図アプリの作り方のサンプルプログラムとか
書いてある本知ってたりしませんか。

2010年12月5日日曜日

What changed from that time? / What changes from now?

10月、会社の同期の結婚式があった。
その時期は複数の結婚式が重なったり
(1か月ちょっとのうちに5回結婚式があった)、
元々仕事が煮詰まっているうえに
チームリーダーのお子さんが生まれそうで、
リーダー不在でさらに仕事が煮詰まったり
複数の結婚式の幹事が重なったり、
結婚式の余興でビデオレターを作ったり、
週末はダイビングのガイドだったり、
煮詰まり過ぎて箸を持つ手が震えるほどだった。
でも、そこまでして作ったビデオレターがあるおかげで、
今の自分がある気がする。
何となく気が塞いでいるときでもそれを見ると何故か心が励まされる。
職場の人間関係は何かとドライだけど、
ビデオレター作りを通して新郎新婦の両親や兄弟に接することができて、
家庭の温かみというか、温かい家庭に触れることができて、幸せを感じた。
和やかな家庭を見ると、こっちまで幸せを感じられる。

その一方で、必死にビデオレターを作ってて思ったのは
ビデオレターを作ってた同期に支えられた
(彼らも体壊し気味だった。彼らがいなければあのビデオレターは絶対に作れなかった)
たなということと、
他にも一生懸命やらないといけないことがあるんじゃないのかということ。

入社二年目くらいに仕事というか人生をある意味で諦めかかって、
平日は言われたことだけはできるように仕事して(上から見てできていたかは甚だ疑問だが)、
仕事を通して夢を実現したいとかそういったことは考えないようにして、
土日はひたすらダイビングをしていた。

次第に自分自身に対する愚痴とか葛藤とかは減って、
まわりにはmixiの日記、明るくなったねと。
実際、楽しかったし、ダイビングを通して学んだこともたくさんあって、
今でも楽しいんだけど。。。

親友と酒を飲んでるときに
「プライベートはいいんだけどねえ。仕事は。。。」
と言っている自分がいて、

そこで、ビデオレター作りやら何やらで自分がパンクしそうになって…
俺はいったい何をやってるの?本当にこのままでいいの?と思った。

今のまま10年経ったら自分は自分自身に対して満足できるだろうか。
いや、できない(反語)。
言われたことを期日までに然るべき品質で効率良く出すことしか考えていないから。
個人も組織も疲弊しきっていて考える余裕がないから。
新しい、世の中を変えるようなものを作り出せる気がしない。

要は10年経ったときに自分がやっている仕事・技術に対して、
楽しい・面白いと思えない、誇りが持てないだろうと。
自分がやっている技術を面白いと思えない技術者は
もはや技術者とは違う生き物だろうと自分は思うわけで。
それくらいの歳の上司とサシ飲みして聞いてみてもそうだった。

で、社内の部会に出始めたり、楽天行ったり、Oracle行ったり、Google行ったり、
業務時間外の勉強会に出始めたりしてるんだけど、、、
思うのはうちの会社大丈夫か(反語)。
(上から見たらそんな社外がどうのとかお前が考えることじゃないから、
まずは目の前の仕事を然るべき品質で然るべき納期で効率良くやってくれと思うだろうけど)


それ以上に痛感してるのは自分の力のなさ、技術力、政治力、あと他人に対する気配り。
これがまずいと思ったときに技術的にも政治的にもいかんともしがたいことが多すぎるし、
すぐてんぱるし、てんぱったときとに他の人に配慮ができていない。
入社二年目と今とで何が変わったのだろう。

今は仕事して、色んなもの見て、勉強して力を蓄えるときなんだと思う。
でも、正直何をどうしたいのか自分でもよくわかっていない。
少なくとも昔みたいに思考も行動も止まったままでいるのはよくない。

誰に頼まれたわけでもないけど、
ここ最近、「これで本当にいいのか?」迷ったり悩むことが前以上に増えたし、
心身ともに不安定になりがち。

自分に正直に生きようとするのって、楽じゃないんだなあと。
でも、「プライベートはいいんだけどねえ。仕事は。。。」と言っていたころより少しはマシだと思う。

2010年11月13日土曜日

全思考(北野武)

めっきり寒くなりました。
神奈川は湿度が低いせいか、お日様が出ている時の出ていないときで、
寒暖の差が異様に激しいので、なかなか布団から出られません。
(と言いながらも、平日とダイビングの日は鞭打って5時過ぎくらいには起きていますが)

今朝はダイビングに行かないので、布団の中でぬくぬくとしながら、
積ん読状態になった本を手に取って読んでいました。
(今、枕元には読もうと思っている本が17冊ほど)

で、読んでいた一冊が

「全思考(北野武)」

http://www.amazon.co.jp/%E5%85%A8%E6%80%9D%E8%80%83-%E5%B9%BB%E5%86%AC%E8%88%8E%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%8C%97%E9%87%8E-%E6%AD%A6/dp/4344412869/ref=sr_1_2?ie=UTF8&qid=1289606083&sr=8-2

生死、教育、関係、作法、映画の問題というテーマで、
雑多なことについて触れてるのですが、
普段人やメディアが体裁を取り繕うためにあまり突っ込みたがらず、
避けていることについて世汰話を交えながら時に粗く、時に鋭く問題点を突いています。


例えば、

・人間は平等じゃない
努力したって駄目なものは駄目


・法の下の平等は勘違いしてはいけない


・携帯電話とインターネットによる人類総奴隷化の企み


・デジタル化する情報に知性が低下していく


・飢餓に苦しむ人の横で映画を撮っていることの不条理


など。

全部、説明するのは面倒なので、2つだけフォローすると、



・携帯電話とインターネットによる人類総奴隷化の企み

いつでもどこでも誰とでも電話ができるようになったというのは
見方を変えれば誰かと話すのに金がかかるようになったということで。
携帯にメールやカメラやインターネットの機能がついて「便利」になったというのは
個人から金を集める方法が巧妙になっただけじゃないか。
昔は鞭でひっぱたいて年貢を徴収していたものだが、
エライ金集めの方法を考えたやつがいるものだ。

という主旨。


・デジタル化する情報に知性が低下していく

メールには個性や微妙なニュアンスがない。
小さな画面で均一化された文字によって、
個人の感情表現まで画一化されてしまってるんじゃないか。
パソコンとか携帯とか、人類の英知を結集して人間の脳みそを退化させる道具を
発明するというパラドックスに陥っているのではないか。

という主旨。

#ちなみにこの本のどこまでが、たけし本人が考えたことで
どこからがゴーストライター(いるのか?)が書いたことなんでしょうね。
それとも全部本人なのかな。

普段仕事をしていると、
どうしてもその仕事をこなすこと(QCDを達成すること)ばかり考えてしまうのだけども、

その背景にある世の中の仕組みや問題を考えて、
そのために何かやることは大事なんじゃないかなあと。

2010年11月8日月曜日

ハッとしたこと

※以下mixiからの転記です。


最近、kernel本の読書会に出始めて、
OSってOSの上で動く他のソフトに比べると、
ソフトだけでなくエレキ(電気・電子)など、
前提として知っておかねばならない知識や概念が多くて
難しいことをやっているなあと感じます。


その辺を理解できて初めて、一見わけが分からなく見える、
エレキボード(PCとかコピー機とか精密機器を開けるとよくある、
電子回路の載った緑色とか黄土色の板)の動きが見えるのですが、
そこに技術的な面白みがあると自分は思っています。


こんなちっちゃな板で、PCやコピー機を動かすことが
「できる」こと自体もすごいのですが、


そのものを動かす背景にある技術がマニアックで奥が深ければ深いほど
面白いと思っています。


でも、ちょっとハッとしたのが、
作るものがいかに高度で技術的に面白みのあるものだったとしても、
それを使う側が使いこなせなかったら意味がないんですよね。


自分はコピー機を動かすソフト(プログラム)を
動かすためのソフトを作っていますが、
それが仮に技術的にどんなにマニアックでアツイものだったとしても、
それを使ってソフトを作る設計者が使いこなせなくて、
バグを埋め込んでしまったら元も子もない。


最近、kernelとかプログラミング言語そのものを作ることとか
クリエイティブなものに対して、
凄いな、面白いな、アツイなと感じることが多く、
技術的にもっと上へ上へと思うのですが、
それはそれとして、


自分が作ったものを他の人が使いこなせなかったら意味がない
というのはどこかに留めておこう。


と多重割り込みの排他設計を見て、上司と話をしながら思いました。
(ちなみに単にAPIを分かりやすくしましょうというのとは違う話です。)

初LT(Ligtening Talk)

土曜日にLT(ライトニングトーク)のイベントに初めて参加してきました。
お世話になった方々ありがとうございます。

ライトニングトーク
http://en.wikipedia.org/wiki/Lightning_Talk

話し手はテーマが自由で自分の喋りたいことを5分間喋り続けるというもの。
時間が余っても途中降壇はNG
逆に5分過ぎてしまうと強制終了。
容赦なく終了するその様はスーパージョッキーの熱湯コマーシャルを彷彿とさせます。
百聞は一見に如かず。


ライトニングトークってこんなのです。
http://kokucheese.com/event/index/5240/


知人に紹介されたときはマニアックで偏ったイベントだと思ったのですが、
場所はOracle青山センターだし、変な宗教ということはないだろうと思って一人で行ってみました。

行ってまず思った第一印象は「微妙」。
「今日であなたの人生が変わります。」みたいなこと言われても(汗

で、一番言いたいことをまず言っておくと。


自分は話してる人が、自分が本質的に何を問題だと思っていて(何に価値があると思っていて)、
そのために何をどれだけ本気でやってきたか(やれるか)なのかみたいなところ、
そういう話が聞きたかった。
ということです。

話し手も聞き手もすごく楽しそうで、
ジョークも面白かったし、そういう意味では良いのですが、問題は中身。
中身じゃなくて、喋ることに意味があると言うのも確かにそうなんだけど…

開始15分後、思ったのは、ここで何もしないでただぼけーっと話を聞いて帰ったら、
休日を1日棒に振ることになってしまうってこと。
そのとき、PC(パワポ)も何も持っていなかったし、話すネタもまったく用意していなかった。
しかも、夜から伊豆にダイビングに行くことになっていたので、あまり長居もできない。

そこで、スタッフに懇願して当日枠で一番最初に喋らせてもらいました。
(スタッフの方、無理聞いていただいてありがとございます)。
何十人も人がいて、全員が見知らぬ人で、しかも何もネタを考えていない状況なので、
かなり緊張しました。
でも、緊張って度を越さなければ心地良いものだなあと改めて。

ライトニングトークの良さは会場の人たちが何度も言ってたけど、
・自分の言いたいことが言えてそれに対して反応がある
・知り合いが増える
・見知らぬ人の前で話せる度胸がつく

だいたいその辺に集約されると思う。
確かにその通りだし、大事なことだとは思うのだけど

もっと大切なのはその人が本質的に何を問題だと思っていて(何に価値があると思っていて)、
そのために何にどれだけコミットメントしてきたのか(していけるのか)ということだと思う。

特に懇親会でのLTというのはお祭りごとに近くて、
サッカーの日本代表が勝ったぞみたいな、ある種独特の高揚感というか、
その場のノリというか、一体感みたいなものがあって、
それに誤魔化されている部分が多分にある気がする。

いくら度胸がついても、知り合いが増えても、
それだけでは、それで自分はどうしたいの?っていう袋小路からは抜け出せない。
(もちろん、そういったところから活路が開けることはあるとは思います。。)

そういう意味では懇親会でもっと人と絡むべきだったと思うのですが、
いかんせん時間が、、、

ということで、また次回参加してみようと思います。
お世話になった皆さまありがとうございました。
お世話になる皆さまよろしくお願いします。
では。